なぜ、私たちは「苦手意識」にとらわれるのか?

なぜ、私たちは「苦手意識」にとらわれるのか?

――文化がつくる心の壁と、その奥にある価値観――


「苦手意識を持たせないことに、なぜこんなにも敏感なのか?」


教育の場でも、企業の人材育成でも、こんな言葉がよく聞かれます。

「本人に苦手意識を持たせないように気をつけて指導しよう」
「まずは“やればできる”という自信を持たせよう」

確かに、人は自分に自信が持てないと、挑戦する前に立ち止まってしまうものです。
しかし一方で、そもそも「苦手意識」にここまでセンシティブになるのは、何か文化的な背景があるのではないか――そんな問いが浮かびます。

今回は、苦手意識がどのように形成され、なぜそれが日本社会で特に強く扱われるのか、その背後にある文化的・心理的・社会的な構造をひも解いていきます。

■ 苦手意識とは“個人の能力の問題”ではない


「苦手意識」は一見、個人の能力に起因するもののように思われがちですが、実際にはもっと複雑です。
心理学では、苦手意識に関わる概念として「セルフ・エフィカシー(自己効力感)」が重要視されています。
これは、心理学者バンデューラによって提唱された概念で、「自分にはそれができるという感覚」を意味します。

セルフ・エフィカシーは、以下のような要因によって育まれます:

過去の成功体験(Mastery Experience)
周囲からの励まし(Social Persuasion)
モデル観察(他者の成功を見て学ぶ)
身体的・情緒的な状態(緊張、不安など)

つまり、苦手意識は生まれ持ったものではなく、経験や環境との相互作用によって形成されるのです。

■ 正解主義が苦手意識を強化する


日本社会において「苦手意識」がことさらに取り上げられる背景には、正解を出すことが重要とされる教育文化があります。
日本の初等・中等教育は、長らく“画一的な学力測定”を重視してきました。つまり、間違えないこと=優秀であるという構図が形成されやすく、失敗は評価を下げる原因として避けられがちです。
このような文化の中で育つと、間違いを「学びの通過点」としてではなく、「劣っている証拠」として捉えるようになります。これにより、

「間違えたら恥ずかしい」
「人前でできないと評価が下がる」
「周囲と違うと浮いてしまう」

といった不安が増大し、本来挑戦するはずの場面で“回避”を選ぶようになるのです。

これは「学習性無力感(Learned Helplessness)」にも近い構造です。最初はできなくても挑戦していれば成長できることも、早期に「自分は苦手だ」と決めつけることで、試すこと自体をやめてしまう。この負のスパイラルが、多くの場面で見られます。

■ 「恥」の文化と、周囲との比較による自己規定


文化人類学者エドワード・ホールは、日本を「高コンテクスト文化」と分類しました。
これは、言葉に出さなくても相手の気持ちや状況を察することが求められる文化です。

このような文化圏では、「人と違うこと」「場の空気を乱すこと」への敏感さが強まり、「失敗=空気を壊すこと」という無意識のプレッシャーが働きます。

また、日本はしばしば「恥の文化(Culture of Shame)」とも言われます(ルース・ベネディクト『菊と刀』より)。
他者からの視線・評価によって自己規定される傾向が強く、「できない自分」「迷惑をかける自分」を恥じる気持ちが苦手意識の土壌になります。

つまり、「自分がどう思うか」よりも、「他人にどう見られているか」が、苦手意識の根幹にあるのです。

■ 「苦手」と言うことで、自分を守っている


ここで重要な視点があります。
人が「苦手なんです」と言うとき、それは単なる事実の表明ではなく、「だから失敗しても許してね」という予防線になっていることが多いのです。

これは心理学で「自己呈示(Self-presentation)」と呼ばれるメカニズムです。失敗をしたときに“能力がない人”と思われるよりも、“もともと苦手だったから仕方ない”と思ってもらいたい。これは、傷つかないための防衛でもあります。

しかしこの「苦手というラベル」を貼ることで、自分の行動範囲や挑戦の可能性を狭めてしまう側面も否定できません。

■ 海外との比較:失敗と挑戦の捉え方の違い


たとえば北欧諸国の教育現場では、「失敗=学びの機会」という考えが広く共有されています。
これは、「コンストラクショニズム(Constructionism)」という学習理論の影響もあります。MITメディアラボの創設者シーモア・パパートが提唱したこの理論では、人は自ら“手を動かしながら”試行錯誤する中で、もっとも深く学ぶとされます。

つまり、正解に最短距離でたどり着くことよりも、「試してみること」「間違えてみること」に価値があるのです。

また、アメリカでは「グロース・マインドセット(成長思考)」の概念も広く知られています。これは心理学者キャロル・ドゥエックによって提唱され、「今できないことは、努力と経験によって伸ばすことができる」という前向きな自己認識です。

■ 「苦手」ではなく「まだ慣れていない」と言ってみる


では、私たちはどうすればこの文化的な壁を少しでも乗り越えていけるのでしょうか。

ひとつの提案は、「苦手」という言葉の使い方を見直すことです。
苦手=能力の欠如、という認識を、「まだ慣れていない」「これから試す段階」と言い換えることで、自分の可能性を閉ざさずにすみます。

「私はこれが苦手なんです」 → 「今はまだ慣れていないけど、少しずつやってみたいです」

この言い換えだけでも、自分の心に余白が生まれ、周囲との関係性も変わってきます。

■ 終わりに:文化がつくる“心の壁”を言葉から見直す


「苦手意識」は、単なるスキルの問題ではありません。
それは、私たちが生きてきた文化、周囲のまなざし、そして自己防衛の戦略が複雑に絡み合った“心の構造物”なのです。

だからこそ、苦手意識を個人のせいにするのではなく、その背景にある文化や価値観を静かに問い直すことが必要です。

そして、失敗しても笑いあえる場、違っていても受け入れられる場を、私たち自身がつくっていくこと。
それが、苦手意識を超えて、人の可能性を解き放つ第一歩になるのではないでしょうか。

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